Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “お月見には お団子vv”
 




 陰暦八月の十五日。今の暦で九月の下旬から十月の上旬あたり。この晩の満月を“中秋の名月”若しくは“十五夜”と呼んで、望月を愛でつつ、秋の夜長を過ごす風習が日本にはある。もともとは中国から渡来した風習で、この時期に収穫される小芋の豊作を天帝に感謝するお祭りが各地にあったものが集約され、宮廷でも祀りごととしたものが、そのまま様々な文化や学問と共に奈良・平安時代の日本へも渡来。七夕やその他の祭事と同様、殿上にて扱われるようになり、その後、江戸時代あたりになって民間にも降りて来て広まったとされている。お供えが団子になったのは小芋が転じたものであり、ススキを飾るのは稲穂の代わり。なお、日本に限った風習として、これの1カ月後、陰暦九月の十三日にも“十三夜”として、やはり望月を眺める席を設ける。せっかく対になっているもの、片月見は縁起が悪い…という理屈らしいのだが。そんな風習を広めたのは、後の月見にもおいでなもしと、白塗りに紅ひいて、べっ甲のかんざし差した綺麗なお姉さんがたが、ご贔屓さんたちを必ず通わせた、つまりは遊郭やお茶屋の商戦だとする説もあって。その辺りの真偽は…各自で調べておくように。
(こらこら)

 「去年の今時の話にも、その辺りの説明はしてたよな、確か。」
  お?
 「年食うと訳知り顔でやたら蘊蓄振り回すようになんだよな、誰しも。」
  おおお?
 「ちょっと待て、俺らの話では、確か秋季大会の話と…。」
 「うん。何か…タイムスリップもののSFっぽい話を展開してたけどもさ。」

 でも“陰陽師Ver.”のお話で、ちゃんと扱ってたみたいだぞと。こらこら、そういう舞台裏事情へ登場人物たちが触れるもんでねぇ。さぁさ、今回のお話の本来の立ち位置へ、戻ったり戻ったり。
(苦笑)





            



 八月中の絵日記をお陽様マークで埋め尽くした、うんざりするほどの猛暑が、されど、結構あっさりとその鉾を収めてくれて。九月に入っても長々と真夏並みの厳しい残暑が続くんじゃないかなんて、半ば身構えるように用心していたものが。微妙なところで裏切られての、なかなかに涼しい風の立つ初秋へ素直に突入した今日この頃だったりし。
『でも、外で駆け回る分には暑いぞ、やっぱ。』
 まだまだ水泳の授業をやっててほしかったんだのになぁと、染めてもないのに淡い色合い、金色の柔らかそうな前髪を透かしたその下で。形のいい眉をきゅううと顰めて見せた、小悪魔坊やだったりし。
『何 言ってるかな。』
 時々クシャミで起きてるって言ってたのは誰だっけ。あれは、寝てる間に布団を蹴り飛ばしてるからで、今は昼日中の話をしてんだろうがと。誰が相手でもそうそう舌戦では負けませんと胸を張る、相変わらずに恐るべき小学生、蛭魔さんチの妖一くん。今日は二学期最初の3連休の中日に催される、高校アメフト選手権・東京都大会の3回戦を前にして、葉柱のお兄さんチへお泊まりに来ておりまして。というのも、賊学カメレオンズが試合をする会場が、ちょっぴり遠い湾岸沿いのスタジアムで、しかも午前中にということなので。まずは学校での全員集合…という段取りを踏まず、全員会場に直接集合という運びと相成りまして。葉柱の総長さんは、一応 春季大会で引退した身ではあるけれど、自分に惹かれて入ってくれた部員が在籍している間は、責任もって見届けたいらしくって。夏合宿にも臨時コーチとして付き合っていたくらい。そして、そうともなれば、そのおまけ…もとえ、マスコットの小悪魔坊やもまた、それまでの夏となんら変わらぬ特別参加。やっぱり小脇に抱えたマシンガンでのBB弾の連射にて、新人たちを容赦なく追い回しては、いつまでもトップスピードで駆け続けられるだけの、スタミナ増強に一役買ってくれたりし。そうやって見守った後輩さんたちが、今のところは無難に勝ち続けているもんだから、
『実質はまだ3年目のチームだってのに、いつの間に“中堅どころ”とか“強豪”なんて、言われるようになってんだか、だよな。』
 坊やが言って“けけけっ♪”と楽しげに笑ったの、総長さんも苦笑で受けて立ってたりしたくらい。まま、それは明後日のお話であり。二人に共通の大好きなアメフトがらみで、こんな風に…いつも通りの減らず口を叩く前、実は実は…ちょこっと可愛げのあるいきさつが、彼らにはあったりなかったりしたのですvv





 窓の外からの涼やかな虫の声をBGMに、それは心地いい夜風がそよぎ込むのへ風呂上がりの髪をなぶらせて。きんきんに冷やしたグラスへそそいだ、シャンパンゴールドのジンジャエールなんぞを、く〜っと一気に空けてたルイ坊っちゃんのお部屋へと、

  「お客様ですよ。」

 行儀のいいそんなお声がかかったのは、まだまだ宵の口の、されど陽はとうに落ちていた頃合い。メイドさんの篠宮さんが案内に立ったその後ろ、てことこと通されて来た人影へ、
「…?」
 総長さんがほのかに怪訝そうなお顔になって小首を傾げる。覚えのない人物だったからじゃあなく、
「明日の晩に来るって言ってなかったか?」
「おお。そのつもりだったんだけどもな。」
 今日の放課後の練習前。いつもの間合いに坊やの方からかかって来たコールを受けて。3連休前の金曜なんだ、練習に混ざりに来たそのまんま、ウチへお泊まりしに来るかと、いつもの調子で水を差し向けた葉柱へ、
『今日はそっちへ行けねぇんだ。それを言っとこうと思ってな。』
 思ってもみなかったお返事をくれたヨウイチ坊や。おやや、それは…拍子抜けなことで、と。結構な大っきさで気勢を削がれちゃったのが、周囲に丁度居合わせた部員の皆様へも届いたというから。お兄さん自身も意識してなかった、だからこそその手を振りほどかれたのが意外で…手痛かったほどに、いつも一緒がもはや“定番”になってたみたいで。
“…いやまあ、坊主にも都合ってのはあんだろし。”
 嗜んでる趣味の種類も、それに伴われてる交際範囲も、一端の大人ばりに広くて深い坊やだからね。色々と行事の増える秋に入ったもんだから、発表会だの展示会だの、懇親会にオフ会に。顔を出せとか付き合いが悪いぞなんてな引き合いも、社交的な大人並みに多いのかもしれないし。
『…そか。それじゃあしょうがないか。』
 じゃあ、今日は迎えに行かなくていいんだな? ちょっぴり未練たらしかったかも知れないが、確認を取って。明日の晩に、顔出してもいいかなんて言うのへ、じゃあその時は迎えに行くからと言い合わせ、それから…今に至ってた。
「………で?」
 何だよ、あんな思わせ振りなこと言ってたくせによ。あれから何だかテンション下がっちまって、メグに鬱陶しいから帰れなんて蹴られたんだぞ、おいと。胸の内にてぶちぶちと、それこそ大人げない愚痴もどきを並べかかった総長さんだったりしたもんだから。ちょいとばかり眇めた眼差しから、そんな気色が零れていたか。それとも…かすかに尖んがってしまった口元に、不平不満の陰が隠し切れなくて滲んだか。それではと、篠宮のお姉さんが軽やかな会釈と共に部屋を出たのを見送って、さて。
「………あんな?」
 あのあの、あのねと。日頃の、何につけても自信満タンな坊やには珍しくも、少々口ごもって見せたりし。ほんの半日で言を左右にしたのが、彼なりに疚しいか。いやいや、そのくらいは“だって しょうがねぇじゃんか”と、あることないこと屁理屈満載、洒脱にして即妙にも、きっちり理論武装して来て、そのっくらいの非なんて あっさりと蹴り倒すような子ではなかったか? おかしいなとは思ったが、
「どうしたよ。」
 バルコニーに出られる大窓のすぐ傍に、リクライニングを広げたアームチェアへと身を延ばしたそのまんま。頬杖ついての仏頂面が、全く全然ゆるまないままに応対をしてしまい。ああ、いかんと、胸の奥のどこかで思ったけれど、けれどでも。機嫌の悪さがどうしても、態度の端々に出てしまうのは止められなくって。大人げねぇなと自分でも思うが、だって何だか…だってだってなんだもん。
(おいおい)いつもだったらここいらで、てぇ〜い鬱陶しいと、坊やがキレての蹴りを一発。どっちが悪い場合でも、それでチャラにされての元通り。いつもはそれが、乱暴ながらも彼らの“リセット”だったから。それが出ないのが尚のこと、なかなかテンションを戻せない原因になってもいたのだけれど。
「あんな…。」
 らしくもなくも もじもじと。視線さえ合わせぬままに、戸惑いというのか躊躇
ためらいというのか、何をか持て余しての落ち着かぬ様子を見せていたヨウイチ坊や。何でまた、今夜に限ってそんな風なの? 放課後をお兄さんよりも優先させた、御用ってのが関わってるの? 何かしら楽しかった気分が収まらなくって、それで。熱さましにと甘えに来たの? だったら…だったら。やっぱり何だか詰まらなくって。ごめんよ、つれなくしちゃうかも。総長さんがそんな風に、推測立てて自己完結しかかったその寸前へ、何とか届いたは、

  「ホントは自信がなかったんで、余裕見て“明日”って言ってたんだ。」

 自信がない? 誰のお話ですか、そりゃ?と。理解へ届くのに一拍置きたいお言いようと、それから。そんなお顔は滅多に見れない、そりゃあ照れ臭そうに…でも押さえ切れなくてあふれ出る笑みに、年齢相応のお顔をして見せた坊やだったので。

  「…ヨウイチ?」

 拗ねてる場合ではないらしいと、やっとこ気づいた葉柱のお兄さん。肘掛け椅子から身を起こすと、濡れてることでだけセットされてた髪が垂れて来たの、無造作に片手だけで前から後ろへ梳き上げて。
「…あ。//////////」
 彼のそういう、男臭い無造作な所作が、実は大好きだったりする坊やが…ぽわんと見とれてしまったその背後に。
“…お?”
 細っこい二の腕の向こうに、ちらりと、何かの角っこが見えた。そういや、ずっと両手を後ろ手にしている彼だと、やっと今になって気がついた総長さん。
「何、持ってんだ? お前。」
 この子が、じゃじゃ〜んなんてって胸を張りつつ見せびらかさないで、ためらいながら隠してるってのが、まずは異様。くどいようだがいつだって自信満々、含羞みなんてことには縁遠い子が、わざわざ持って来ておきながら、なのになかなか見せない何か。自信がなかったんで“明日”って言ったんだって?
「なあ、その…何持って来たって?」
 少しほど。少ぉし、声を静かに低めて。まるで、繊細そうな蝶々かカナリアへ、驚かさぬよう飛び立たせぬよう、そろりと近づいているかのように。徒に刺激しないようにと、訊いてみる。ああ、こんな気遣い、この子との付き合いがなければ身につけなかったことだよな。親父の威光なんて意味ないほどの、絶対の力をこの身に帯びたくて。早く早くと焦ってたから。気が短くて がさつで乱暴。ちょっとでも いらっと来れば、すぐに手が出てたチンピラ体質で。幸いと言っていいものか、力技でのナンバーワンにはあっと言う間によじ登れたけど、そこから先へと必要な、人徳ってものは果たしてちゃんと、持ち合わせていたのかどうなのか。

  「…あの、あんな?」

 訊いた途端に びくくって。小さな肩が震えたの、ありありと分かったのがそのまま、こっちの胸へも響いたからね。ああ、小さい子相手にこんなじゃあ、面目も何もありゃしねぇよなと、そんな風に思ったのは…随分と後になってから。

  ――― なあ、そんな…今更 俺へ怖がるのなんてナシだろよ。

 今の、凄げぇ効いたぞ、傷ついたぞ、と。眉を下げての何とも情けないお顔になった、葉柱のお兄さんの鼻先へ。ずいと、突き出されたものがあり。

  「………え?」

 今時だったら、ダイソー辺りの“百均”で、お買い得2個セットなんてカッコで売ってるような。牛丼用のどんぶりくらいの大きさの、汁ものもがっちりガード出来ますという気密性が“売り”の、プラスチックのタッパウェア、中身入り。ちょっぴり茶色に色づいた、丸ぁるい小さな球体がごろごろと二十個くらい。半透明の四角いタッパの中に、そりゃあ仲良く収まっており。
「これ…?」
「だから…っ。/////////」
 母ちゃんがな、お月見にはお団子だけれど、ホントはね。里芋を煮たのをお供えしたんだってねなんて、話してくれてサ。
「団子は甘いから苦手だけど、里芋の煮たのは、俺、大好きで…サ。」
 今年の十五夜はまだまだ先なんだけど、じゃあ作ってみる?って言われてサ。
「でも、俺、あんまり普通の料理っての、作ったことなかったから。」
 バレンタインデーにチョコ菓子を作りはしたけれど。そうそう、ホワイトデーのお返しへのお返しにって、お兄さんへとラーメンとチャーハンを作ってあげもしたけれど。
「あ…。」
 それで思い出したのが、この子の不思議な料理法。葉柱も実際にその手順を見た訳ではないのだが、インスタントラーメンとチャーハンを作るというのに、何でまたと首を傾げたくなるほどのお見事さで、キッチンをありとあらゆる調理道具で埋め尽くす“不思議ちゃん”なものだから。器用なんだか不器用なんだか、とりあえずは…お母さんが台所への禁足を言い渡してたほどだったとか。だもんで、やらせてみれば案外と、手順はきっちり覚えたろうに、肝心な実施に縁がなかった坊や。それが、
「母ちゃんが付きっきりでフォローしてあげるって約束してくれて…サ。」
 それでと作ることとなった、里芋の煮物。それが、思いの外 手古摺りもせず、ちゃんと仕上がったので。
「台所のお片付けもすぐに済んじゃって。」

   ――― それで…あのね?

「ホントはサ。今日のはあくまでも練習で、明日 一人で作ってみよっかなって思ってたんだけど。」
 初めてのお芋の煮っころがし。お母さんが1つ、お味見で食べて。自分もどういう案配かを確かめるのに1つ食べて、それからね?
『初めて作って、それもこんなに上手に出来て。』
 ねえねえ、ヨウちゃん。誰か、食べさせて上げたい、食べてほしい人っている? お母さんたら唐突に、ワクワクってそりゃあ嬉しそうなお顔になって、そんなこと訊くもんだから、さ。

  ――― あの、あのね? 訊かれて真っ先に思ったのが。
       お父さんじゃあなくて、葉柱のお兄さんのこと、だったから。

 そいで、あのあの。明日ってゆってたけれど、今日の内に来ちゃったの…と。
「〜〜〜〜〜。//////////」
 全部を何とか言い切って。お耳も頬っぺも、真っ赤っかにして。いつもの偉そうな彼はどこへやら。お初なことへのドキドキが、今頃出ましたどうしてくれようかと、戸惑ってるところが何ともはや。

  “………可愛いじゃねぇか、このやろが。/////////”

 安心していいですよ、ヨウイチくん。君が今、恥じらってる自分が口惜しいと、盛大に恥じらってるのに気が回らないくらい。葉柱のお兄さんたら、すっかり終わっていますから。
(笑)

  ――― なあなあ早く喰ってみなよ。
       あ、おう。そうだったな。いただきます。
       ………薄味だったかな。
       いんや、俺はこのくらいの味付けが好きだが。
       そか…。//////////

 冷凍のじゃないからな、ちゃんと生のを茹でてから皮むいて、それから煮たんだぞ? そっか、そんなに手間がかかんのか。母ちゃんは、これとイカとかタコとかも一緒に煮るんだ。ああ、それも美味しいかもな。そんなこんなと言葉を交わし、やっと何とか、いつものようにお膝によじ登った坊や。

  ――― なあ、俺も一個食べたい。
       うん、ほれ あ〜ん。

 お月見にかこつけての。何てことはない、でもでも一生に一回の“初めて”を。一緒になって偉いねって凄いねって、褒めてくれる人がいること。喜んでくれたら嬉しいなって、坊やの方から思う人が出来たことをこそ。坊やのお母さんはきっと、嬉しく思っていたのかもですねと。今夜はまだまだスリムな三日月が、可愛らしいお二人を、微笑ましげに見下ろしていたそうですよ。




  〜Fine〜  06.9.16.


  *タイトルに偽りありですね、すいません。
   お月見団子って、丸い白玉みたいなあれでしょうか。
   スィーツのコーナーに行くと、
   少し長めのお餅をこし餡でくるんだのとか、
   そうかと思えば、お饅頭の小さいのへ、
   焼き印で目や耳をつけてウサギに見立ててあるのとか。
   色んなのが“お月見”って書いて並んでたりするのですけれど…。
   ちなみに、私が一番好きな和菓子は みたらしだんごか三色だんごですvv
   羽二重もちも最中も、萩の月も捨て難いですが、
   今のところのトップは、だんごです。
(笑)

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